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最高裁判所第三小法廷 平成2年(あ)1081号 決定 1992年11月20日

本籍

新潟市小針上山八番

住居

新潟市小針上山八番一三号

医師

野沢進

昭和一一年五月三一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成二年九月二六日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人橘義則の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

平成二年(あ)第一〇八一号

○ 上告趣意書

被告人 野沢進

右被告人にかかる所得税法違反被告事件について、その上告の趣意は左記のとおりである。

平成三年三月二五日

弁護人 橘義則

最高裁判所第三小法廷 御中

第一 原判決は、明らかに判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するのでその破棄を求める。

また、その量刑は著しく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するので破棄されなければならない。

第二 (事実誤認)

一 医療材料費(医薬品・医療材料)

1 原判決は右医薬品等の取引主体の認定に関して民商法の原則を無視し右取引主体は有徳有限会社でなく、被告人と認定している。これは事実誤認もはなはだしく破棄されなければ著しく正義に反する。即ち原判決は右取引主体を被告人と認定した理由として主に五点の理由を挙げている。しかしながらこれらの理由は次のとおり全て失当である。

2 即ち

(1) 管理薬剤師が仕事らしい仕事をしていなかったとの理由について

原判決は右管理薬剤師の仕事をどのように理解したのであろうか。また有徳有限会社設立目的をどのように理解して右のような結論に達したのであろうか。被告人には理解し得ないところである。有徳有限会社は被告人医院との取引のみを目的にして設立されたものであり被告人医院以外の取引は予定しておらず、現にその様な取引をなしたことのない法人である。従ってそこでの管理薬剤師の仕事は定形的なものであり、さしたる仕事量があるはずがないのである。

(2) 業者らの医薬品等納入場所の大半が有徳有限会社事務所でなかったからとの理由について。

右のような事実がどうして理由となるのであろうか。繰り返すが有徳有限会社は被告人医院との取引のみである。被告人医院が必要とする医薬品等のみを仕入れ、これを被告人医院へ転売するだけである。従って経済実務・取引実務において納入先を被告人医院と指定することは合理的な取引である。原判決は有徳有限会社の設立目的を全く理解していないと評価せざるを得ない。

(3) 被告人と有徳有限会社との個々の取引に関係書類が存在しないとの理由について

事実は原判決認定のとおりである。しかし両者間には原判決も指摘するとおり継続的商品売買基本契約が存在する。従って両者はこの基本契約に従い個々の取引をなしていたと解するのが妥当である。個々の取引に関し関係書類を整備することは言うは易いが現実には相当量の事務量となるのである。これでは何のためのMS法人か本末転倒となってしまう。そこで両者がこれら書類を整備しきれなかつたに過ぎず、両者間の取引は実在していたのである。また税務申告が右のような実態を反映していないからとも指摘されている。しかしこれは関与税理士の失敗に過ぎず、被告人の本意ではなかったのである。

(4) 利益率等の取決めがなされていなかったとの理由について。

有徳有限会社は営利法人であり当然営利を目的としている。

被告人らは各主文献を参照し、また同業者の実例を考慮して医薬品につき薬価の八割、医療材料については仕入値の一二割との合意を形成していたものであり、取決めは存在していたのである。しかし現実の精算はなされていなかったが、それは事務手続上の問題にすぎないのであるから、それをもって右合意・取決めの存在を否認する理由とはならない。

(5) 税申告の形態からの理由について

主張されている申告は査察が終局をむかえ税務当局の出した結論をこれに対抗すべく方策を思いつかぬ当事者が盲目的・無批判にやむをえずと解してなした申告にすぎないのである。このような申告内容から取引主体を認定するのは事の流れを逆にとっての強弁としか解しえない。

3 以上のとおり原判決の取引主体に関する認定理由はいずれも理由とならない。原判決が判決書九丁表「すなわち以下四点」にわたり素直に認定している事実を基本に、本質を直視するなら、到底原判決のような結論にはならないはずである。貴裁判所の再考をお願いしたい。

4 原判決は第一審判決を救済せんとして、第一審判決より更なる間違いを犯している。即ち

(1) 『原判決(第一審)が「仮に有徳の代金支払義務を肯定する見解が成立する」とした趣旨は有徳と業者間において民事法上の表見代理が適用される場合もあり得るので、その場合、有徳が代金支払義務を負うべきこともありうるとしたまでに過ぎず』と述べている点である。これは全く逆である。業者は右有徳有限会社と取引しているのであるから、右有徳有限会社に表見代理の問題など発生しない。表見代理がありうるとすればそれは被告人を取引主体と認定する場合に限られるのである。右理由は理解し得ない。

(2) 『右有徳有限会社の不動産取引に関し、その主体性を肯認したのは有徳有限会社の法人格が是認されるだけでなく、不動産取引の実態の存していたことによるもの』と述べている点である。そこで述べる不動産取引の実態とは何を指しているのであろうか。証拠上、医薬品等取引よりも関係書類が存在していないのが本件不動産取引であったはずである。不動産取引と対比すればするほど、医薬品取引主体は有徳有限会社となるのが理の当然であるのが本件である。

5 結局、本件医薬品等取引主体は有徳有限会社としなければ、どう理由付けても無理が生じるのである。不動産取引主体を有徳有限会社と認定したことと平行に解さなければ納得しうる判決など無理なのである。

二 修繕費(椎谷工務店関係)

1 原判決の認定でも最も理解し得ないのは、病院特別室改築工事等を否認している点である。これを否認するということは、原審における斎藤・椎谷の各承認はいずれも偽証であり斎藤作成にかかる写真記録もこれ又偽証ということであろう。しかし、誰がこのような偽証を犯すであろうか。とりわけ有資格者である斎藤においてである。病院特別室改築工事等は現実になされている。椎谷はそれを公判廷で指摘されやつと想起し、証言しているのである。証言内容を精査すれば懸命に記憶を呼び戻そうとしていること、誠実に証言しようとしている態度と解することは容易である。

2 しかるに原判決は右否認理由として、関係者供述の間に矛盾があるとして全体を措信しえないとする。しかし、その指摘する矛盾もむしろ証言内容を曲解し、枝葉のことを大きく取り上げているにすぎない。過去の出来事を枝葉末節まで各関係者の供述等が一致するはずがない。もしそこまで一致するとしたらそれこそ措信し得ないはずである。骨子において一致すれば十分措信しえるのであり、本件はまさにこれに該当する。

3 結局左記は認められなければならない。

病院特別室改築等工事 五〇〇万〇〇〇〇円

その他 四月一九日 二八万六〇〇〇円

七月一五日 四五万九五〇〇円

七月三一日 四二万〇〇〇〇円

三 株式会社日医工新潟に対する支払い

1 原判決は、株式会社日医工新潟(以下日医工新潟という)に対し被告人が支払った医療材料費は計二七九万一、〇〇〇円にすぎないと認定しているが、被告人の支払額は五六九万一、〇〇〇円である。原判決には、右の点について判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤りがあり、著しく正義に反するものであるから、原判決は破棄されなければならない。以下その理由を述べる。

2 日医工新潟の元帳、藤城証言の信用性の欠如

(1) 昭和五六年の日医工新潟の請求書、領収書と元帳の請求額、入金額の齟齬は藤城が在職していた昭和五六年七月一五日までに限って生じていたものであり、藤城が転勤する時点で、右齟齬は解消処理されている。

元帳と請求書の金額が異なることは、上場会社の会計処理上異例のことであるが、日医工新潟の経理を監督する日本医薬工業株式会社の上司は勿論藤城以外知らず、藤城が単独で処理していたものである。取引先の被告人との間では藤城の主張する日医工新潟の請求額、入金額を示す経理書類の作成、交付は一切なく、日医工新潟の元帳の作成過程は一方的で不明朗である。

(2) 藤城は請求書の請求額は値引分を上乗せしたものと主張する。昭和五五年の元帳によれは、売上高七、八二三、五〇〇円値引額四、七〇五、〇〇〇円値引処理は一三六万円、二〇〇万円、六五万円と大口の入金があったとき、その都度値引処理されている。

昭和五六年一月から六月までの売上高は元帳でわずか四八八、九四〇円、請求書で五八四、九四〇円と差はなく、しかもその内容は一〇万円前後の小口売上のみである。昭和五六年の六月までの値引額は計二九〇万円であるが、昭和五五年、昭和五六年の売上高に比し、値引額として余りに異常であり、値引額を上乗せしたものが請求額であるとの藤城証言は到底信用しえないものである。

(3) 有徳有限会社(以下有徳という)の普通預金口座から三月四日二六〇円、六月二五日二、〇九一、〇〇〇円が払い出され、日医工新潟から右各同日付で二六〇万円、二、〇九一、〇〇〇円の領収書が発行されている。右普通預金の払出しは事実で、支払のためにこそ払い出されたものであり、右支払い等のためにこそ右普通預金口座に三月三日、二〇〇万円、六月二五日四〇〇万円が入金されたものである。二六〇万円、二、〇九一、〇〇〇円は日医工新潟の支払い以外に当時払出の必要性は全くなかったものである。

(4) 六月二五日二、〇九一、〇〇〇円について金尾は受領した記憶はない旨述べているが、同人は「自分が書いたのをまあ前任者に委託したというか、…その辺がはっきりわからない」と証言しており、事務引継ぎの折柄、藤城が受領したこともありうるものである。

(5) 原判決は時に理由を付けることなく、元帳、藤城証言を一方的な拠り所として重大な誤認を犯しているものである。

四 武田忠雄に対する支払い

1 原判決は武田忠雄(以下武田という)に対し被告人が支払った材料費は昭和五六年分が一、九七二、七〇〇円、昭和五七年分が七四六、〇〇〇円にすぎないと認定しているが、被告人の支払額はそれぞれ八、二〇五、九九〇円、一一、〇三七、七〇〇円である。右点について判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、著しく正義に反するものであるから、原判決は破棄されなければならない。

原判決は右認定について、右認定の経緯、被告人の主張を排斥する理由を何ら示すことなく、単に証拠の標目を羅列し一括して事実を認定しているもので、極めて強引な説事であり、何んの説得力も有しない。

2(1) 武田の過少申告

武田は弟勇助のサラ金等の負債整理のため、大口の現金で支払いする被告人から受領した現金から昭和五六年、五七年にわたり計一、二〇〇万円を融通していた。このことは妻、取引金融機関には内緒であったため、武田は被告人への売上を大幅に減少隠蔽した売上伝票(昭和五六年分は検甲一一四、昭和五七年分は検甲一一五)を作成し、これに基づき過少の確定申告をしていた。

武田は昭和五七年秋自らの税務調査を、昭和五八年五月被告人の脱税について事情聴取、検察官の取調べを受けたが、その際自らの脱税、被告人に対する売上の隠蔽は、妻、税務署に対する虞れ、保身のため告げることができず秘していた。

武田の脱税等の証言は武田から法廷で突然自発的に述べられたが、被告人側からは何らの働きかけもなかったし、被告人を前にして被告人に自らの脱税を押しつけた後ろめたさはあるものの、自らの不利益を覚悟に真実を述べたもので、極めて真実性に富むものである。

原判決は武田の過少申告、脱税の重大な事実を看過しているものである。

(2) 一審判決は、武田の納品請求伝票洲、領収書について、取引の実情を無視した瑣末な問題点を殊更に取り上げ架空取引と断じているが、被告人主張の武田に対する支払いは、武田の売上帳、現金出納帳、納品請求関係伝票、領収書、総勘定元帳、有徳の普通預金通帳から明らかに認められるものである。

EOガスの仕入本数が一本か二本、月によって仕入のないことは当時の医療材料の必要性に応じて仕入れているものである。昭和五六年二月の領収書(三、〇一三、七〇〇円)、五月の領収書(四、〇三八、〇〇〇円)は、前月の請求残高を除き当月仕入分相当金額だけが支払われたことは当月の請求額のうちいくら支払うかは被告人の支払いの都合と武田の事情によるものであり、当月分の請求高のみを支払い、残りを繰り越すことは取引上多々あることである。昭和五六年一一月の締切が二五日でなく三〇日になされたことも一回だけにすぎない。明細書が欠落しているとされる昭和五七年一月、三月、四月については、売上伝票の各月の請求金額に見合う明細が記入されているもので、格別の不自然さ不合理さは存しない。

右伝票等に記載された自動車運動器、コスモス滑車は、武田から仕入れて被告人医院に現存するもので、右伝票は架空ではありえない。

仮に右領収証伝票に一部不自然な点があったとしてもその余の全ての取引を架空取引とすることはできないものである。

(3) 武田の検面調書は前述の売上伝票が実際の取引であることを根拠にして作成されているが、昭和五六年分については、一月二五日締切分、五月二五日締切分の各伝票の前月請求高は、いずれも各前月締切分伝票の本月御請求高と一致しない。昭和五七年分についても二月二五日締切分伝票の先月請求高は0で一月締切分伝票はなくその前月(昭和五六年一二月二五日)締切分伝票の本月御請求高一九二、八〇〇円と一致しないし、四月二五日締切分伝票の前月請求高と三月締切分伝票の本月御請求高とは一致しない。

右調書では現金出納帳は作り直したことはなく、真実であるとしているが、これによると、昭和五七年三月二九日一一六、〇〇〇円入金、一二月二九日九八万円入金とあるが、前記の四月二五日締切分の伝票に入金の記載はなく、また九八万円の入金を示す伝票もない。

かのような売上伝票記載の客観性の欠如は、右取引が武田証言のとおり、真実の取引上作成されたものではなく、虚偽申告のため、一部売上の隠蔽上作成されたからこそであり、通常の取引帳簿の記載にはありえないことである。

五 給料賃金等について

被告人は本間一也に対し、賞与として昭和五六年夏期分金一七万円、冬期分金二六万円、計金四三万円支払っており、この金額を経費として認めるべき旨主張している。

これについて、第一審判決は金四三万円の支払い事実を認定しながら、金二四万円を超える部分は恩恵的贈与と判断した。ところが、原判決は金四三万円の支払い事実さえ認めていない。

しかし、これらの判断は誤りである。特に、原判決の事実認定は誤りである。

原判決の理由は、要するに本間一也の証言は惜信しえないとするものであるが、しかし本間一也は証言当時北海道大学法学部助手として刑事法を専攻していたものであり、偽証罪を犯してまでも被告人のために偽証の証言をする理由も義理も全くなかったものである。したがって、この点からいっても同人の証言は十分信用できるものである。

次に、同人は被告人から受領した金員を正確に記帳していたわけでないから、その記憶する金額が被告人の供述する金額と食い違ったり、また金額につき多少曖昧さがあっても特に不自然ということはできない。

さらに、本間は野沢整形外科の常勤従業員でもなく、また支給率に関する規則もないのであるから、支給率にこだわる必要性は全くない。

以上のことからみれば、本間証言は十分信用性があり、金四三万円の支払い事実は明白である。

そして、この金額は賞与として不相当な額ではないから、金額経費として認定すべきものである。

原判決は、右の点につき判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認をしているものといわなければならない。

第三 原判決は刑の量定が著しく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

即ち、

1 前記事実誤認が是正されるならば、所得税のほ脱額は低額となり、従って、原判決の量刑を維持することは著しく不当となる。

2 本件ほ脱行為は、いわゆるメディカルサービス法人としての有徳が設立間もないことから、その経理処理が適切になされない状況の中で、しかも関与税理士の適切な指導、助言を欠いたことから生じた面があることは否定できない。この点は、十分考慮すべき情状である。

3 被告人は、査察に基づいて二年分の所得税につき修正申告をなし、金融機関から借入して本件ほ脱にかかる本税金額を納入している。

4 査察後、有徳、野沢整形外科ともそれぞれ専従の経理担当の職員を置き、現金による支払いをやめて銀行振込の方法で支払うなど、収入、支出とも毎日正確に記帳して今後ほ脱行為をくりかえさない様再犯防止体制をとってきている。

5 被告人は、本件で新聞等マスコミに広く報道されて以来数年にわたり患者も激減し、社会的に相当な制裁を受けている。

6 今後、医師法に基づく医業の停止等厳しい行政処分が予想され、そうなると医師としてまた家族も重大な影響を受ける。

7 被告人は、救急医として日夜診療業務に携わり、地域医療に大きな貢献をしてきた。

8 被告人は、前科前歴はないうえ、前述のとおりほ脱の再犯防止体制をとるなど深く反省している。

従って、以上の諸情状からみて、原判決の量定は著しく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

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